英文解釈入門

英文解釈の理論と実践

日報_20190101

 今日は正月らしく昼頃にのそのそと起き出して、ずっと今年の設計をしておりました。色々なことを進めていきたいと思っています。普通に休んだ日は週報で良い気がする…運営についても考えることが山積みっすなあ。とは言え、ブログを毎日書く宣言してしまったので、申し訳程度に取り留めなんて全く気にしないエッセイのようなものをしたためてみます。

 

仕事と、自己・身体

 お正月のテレビにあまり興味が持てなかったため、録画していたドラマ『僕らは奇跡でできている』を半分ぐらい視聴しました。高橋一生さん演じる発達障害っぽい主人公の大学講師が、学生や同僚を始め、通院する歯科医院の歯科医(榮倉奈々さん)など周囲の人々…現代社会で生き抜くために「あるべき論」で精神的に武装した「普通の人」たちの武装を解いたり、あるいは別の角度から「本当の自分」について考えるきっかけになったりする、というほっこりするドラマだと思います。草彅剛さんが主演した『僕の歩く道』とか竹内結子さんが主演した『不機嫌なジーン』などを思い出します。

 主人公は、動物行動学が好きでそのまま専門にしてしまった人物で、劇中ではよくフィールドワークを行います。「好きなことで生きていく」ことの苦しさについては劇中で主人公も語っていましたが、なかなか難しいことで、仮に好きなことも仕事にしてしまうと苦痛になってしまうことが少なくないというのは一般的な考え方だと思います。

 「自分、自己」って何だろうとか、「仕事」って何だろうとか、自分が昔から考えていたことについて、改めて考えさせられました。昨年末からアーレントの『人間の条件』を再読しているので「仕事」…アーレント的には「労働」になっちゃうと思うんですけど…について、ある程度まとまった自分の考えを書きたいところです。

 関連したテーマで木村敏の『時間と自己』とか平野啓一郎の『私とは何か――「個人」から「分人」へ 』とか。学生時代によく読みました。せっかく思い出したので、書いておこっと。『存在と時間』は全く理解できなかった苦い思い出が…。

 話は結構変わってしまいますが、昔、学生時代にエマソンのエッセイを輪読していたときに「肉体は精神の神殿」というような記述があったと記憶しています。エマソン的な自己について、当時の自分はあまり同意できない部分があって記憶していない*1のですが、上記の引用部分だけはよく覚えています。ちょっとだけ話を戻すと、ドラマの中でフィールドワークをしていた登場人物たちは、その間は髪や髭が伸びていたりして、社会的には「ダメ」な人だったということなんですけど、そのときに(心から好きなことをしているから)周囲の人からはすごく好かれていたようなんです。フィールドワークをすると、毛は伸びるでしょうし、日には焼けるでしょうし、ガタイはよくなるでしょう。そしてその作業が好きだから、さらにその身体的特徴が強くなって、外貌は浮世離れしていくと思うんですよね。

 個人的に、精神と身体って簡単に乖離してしまうと思っている派で、ひとたびズレが発生すると、それが活断層みたいになって大なり小なりその人に影響を及ぼすと思っています。そして、自分も含めて、精神と身体がズレていることに気づかないまま日常生活を、社会生活を送っていると。それが成立しているのだから、問題はないと言えばないのだけれど、無問題であればストレスなんて発生しえない訳で。

 昔から考えていることではありますが、昔から一向に答えは出る気配はないし、それがないから働き始めたというところが大きいので、その答えを見つけるためにも、アーレント的な「労働」と「仕事」を出来れば擦り合わせて、 40 歳ぐらいまでに大きくなくても自分の納得のいくキャリアハイの成果物を得られると良いなあ、と思った次第です。

 最近、文章書いてないからめっきり下手になったなあ。今年少しずつ書いて、推敲なしの一筆書きで、ある程度は読める文章を書けるようにリハビリしていきたいものです。もうホント、ぐちゃぐちゃ過ぎて、運動神経悪い芸人の水泳みたいな不恰好な文章になってしまったよ。。。

ライフログ

時間

12:00-25:30

成果物

  • 今年の設計(し掛かり)
  • 結婚式ギフト選定
  • 新年会に参加 ? -> 1/5 ?
  • 筋トレとストレッチ (雑誌 4 冊読んでメニューを考えて)
  • 録画していたドラマ視聴

明日は妻の実家に行ってきます。

*1:先生、ごめんなさい