文系の夫

文系は作者の気持ちでも考えとくわ


文系は作者の気持ちでも考えとくわ

セミクジラに誘われて

 突然の自分語となり、恐縮ではありますが、学生時代の専門はアメリカ文学(19 世紀の作家 Herman Melville の小説、代表作は Moby-Dick; or the Whale /『白鯨』)でした。学部の時には自分が何故生きているのか(生きないといけないのか)解らなかったので死生観について(意味不明な)卒論を書き、修士課程のときには何故自分が自分なのか解らなかったので、自己と他者、自己と社会の関係性について(救いのない結論の)論文を書きました。大学・大学院ではずっと厨二病で居られたので、とても気楽でした。

 就職で IT 業界に迷い込み、何故か更にエンジニアに迷い込んで数年経ち、自分の仕事のセンスの無さに失望することすらなくなって毎日を過ごしています。教師にだけはなりたくないけど、生きるためには中学校で "Good morning everyone!  How are you today?" とか言って道化を演じるしかない*1のかなあと割と真剣に悩んだ時期もあります。

 最終学歴は大学院文学研究科修士課程修了(文学修士)ですので、高等教育を常人の 1.5 倍も受けていますし、文転する前は理学部に腰掛けたりしたので、10 年ぐらい大学に通ったのですが、今となってみれば、自分の専門と微塵も関係のない職業に就いた以上、中卒か高卒で就職した方がずっとマシだったとさえ思っています。そうしていれば、少なくとも、今の 3, 4 倍ぐらいの長さの経験があるわけです。

 実際に、私より IT スキルのある高校生や中学生は相当数いるでしょうし、プログラミング教育の重要性が(良きにせよ悪しきにせよ)叫ばれる今、小学生にだって優秀な生徒はいると思います。彼ら/彼女らの方が、中年の私より体力はあるだろうし、技術的な伸び代も多分に持ち合わせているはずです。

 そんなこんなで、割と真面目に生きてきたのに肝心なところで Let it be していたら人生の歩き方が解らなくなってしまった系アラサーだったのですが、最近、少しだけテンションが上がることがありました。

 文学部を出ただけあって、本は読むのも買うのも見るのも積むのも好きなので、本屋さんでよく立ち読みをします。その中でふと手に取ったのが、セミクジラが表紙の『入門 自然言語処理』(オライリー)でした。上述の通り、私は学生時代に Melville で論文を書いていたので、クジラにはちょっと詳しくて、表紙のクジラがセミクジラであることもすぐに判りました。IT 業界ビギナーが貰うアドバイスとして、「オライリーの表紙を見て、好きな動物の本を一冊買え」と言うものがありますが、その時の私はまさにそのような感じで『入門 自然言語処理』を手に取りました。

 中身を見てみると、自然言語処理の題材(対象)として、学生時代にお勉強した英米文学作品が含まれていました。そして、なんと言うことでしょう。その中の一つに Melville の Moby-Dick; or the Whale が含まれているではありませんか。ただそれだけの理由で購入してしまいました。実際は、本屋で立ち読みした時には「そんな偶然ってあるんだね*2。」と冷笑しただけで、その後、結構気になってしまったので後日 Amazon で注文したのですが。

 手元にある Penguin Classics の Moby-Dick; or the Whale は約 650 ページ、それと比較すると『入門 自然言語処理』は日本語で 560 ページとやや良心的で、ページ数的には読み切ることが出来ると思っています。学生時代よりは体力は結構落ちているけども。

 今の仕事とは、残念ながら 1mm も関係ないし、IT 技術者としてお給金を貰える(干されるまでの)間に、この本に関係するお仕事を出来るどうかすら相当怪しいのだけれど、学生時代にやったことと、今の仕事が直径 0.02 mm ぐらいの細い細い赤い糸で繋がったようで、自分みたいに変な経歴の人間が生きる場所があることはあるんだなと、人生に対して珍しく肯定的な感想を持ちました。いや、むしろこの偶然の尻尾を掴まないと、近いうちに技術者を辞めてしまって、自分の人生を取り巻く状況は更に厳しくなるだろうなと言う予感があったという方が正確かもしれません。経験上、続けてさえいれば、それが続くかは別として、いつかは甘い汁を吸えるタイミングは訪れるものだけど、辞めてしまったら「経験」と言う抽象的なもの以外は全て喪ってしまうと思っています。だから、続けることにして、よかったと思う。

 自然言語処理って、聞こえは文系っぽいんですけど、バリバリの理系的要素(つまり難しい数学)が必要らしく。まあ、昔取ったナントカで、理学部の敷居を跨げたので、別段数学は嫌いではないのだけれど、趣味としては高尚過ぎるし、自分の嗜好フィルターに引っ掛かったものとして純粋に「仕方ねぇなあ」と。直接仕事に活用できる本妻にはならないだろうけども、背徳感を燃え上がらせる愛人としてなら十分付き合っていけるコンテンツであると確信しています。

*1:授業を英語で実施する現在の教育課程には強く反対しているので、皮肉です。

*2:偶然(性)は『白鯨』の一つのテーマでもあります。